『裏切り』の第三章。
父は立ち上がると、重く、床の下に響き渡るような足音で、ゆっくりとぼくらのほうへと歩み寄ってきた。
ぼくはもっと涙を我慢した。怖かった。顔さえあげることができなかった。
「なあ、おい……」
でもそのとき見上げた父の顔は、すごく優しかった。
今でもはっきり憶えてる。ムリして笑おうとしていた涙顔。もしかしたら、その日のだれより優しい顔をしていたかもしれない。
「……これからはもう、おれたちだけだから、みんなで力合わせてがんばろうな?」
涙が出てきて止まらなかった。
三人で泣いていた。
父は、ぼく以上に涙を我慢してたんだ。ぼくらは父の腕のなかで泣いた。ほかのだれより優しい父の、その大きな腕のなかで、ぼくはやっと思いきり泣けた。もう我慢しなかった。
そのあとぼくらは写真を撮った。
父と姉とぼく。涙の跡を残した三人。
写真には、その日の日付と消えないインクでこう書いた。
“ アーチャンはいなくなっちゃったけど、これからは、3人で力を合わせてがんばるぞ! ”
時間はなにも解決なんてしてくれなかった。その過去が薄れてゆくこともなかったし、気持ちが消えそうになる日もなかった。思いだすたび、それは大きくなっていくだけだった。
自分のなかで流れる時計と、実際の時計では、きっと時の流れ方が違う。
簡単に時は止まる。
それをまた動かせるのは、自分しかいない。
その写真を捨てられるのは、自分しかいない。
でもその写真は、今でもずっと捨てられないでいる。
もし、なにかを忘れることができるなら、それが “ 忘れられることじゃない ” って自分がわかってしまっていることを、すべて忘れてしまいたい。
- 2008年10月31日 07:33
- ──── 『裏切り』
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