『裏切り』の第七章。
いつだったか、母からプレゼントをもらったことがあった。
家に帰ったぼくらは、すぐにそれを開けた。
それを見た父は怒った。
「あいつにもらったほうが嬉しいんだろ?」
ふてくされたとかイジケたと言ったほうが的確かもしれない。
姉と二人になってから、ぼくらは話し合った。とはいっても、父に対する文句ばかりだった。母親からプレゼントをもらって何が悪いとか、どっちからもらおうがプレゼントは嬉しいだとか。
でも結局ぼくらは、そのプレゼントは母に返すことにした。
実際のところは、姉がそれをどうしたのかは知らないけれど、ぼくはそのプレゼントを、部屋の棚の奥に包装紙が解かれたばかりの形でしまっておいた。ときどき遊んだりもした。いつも目につくところだったから。
姉はそれを気にしてなのか、それからは父がいないときにだけ、母にこっそり電話をかけていた。
ぼくも話したかった。母の声を聞きたかった。
でもぼくは、姉が差しだす受話器をその手に受け取ることは一度もなかった。姉が母と話しているのを見ているのもイヤだった。
姉はいつも泣いていた。きっと母も受話器の向こうで泣いていたんだと思う。もしかしたら、ムリに笑っていたのかもしれない。
逢いたくなる。帰ってきてと言ってしまう。そばにいてほしくなる。
そして話せば、ぼくも必ず泣いてしまう。
涙は、人を不安にさせる。そして、時には笑顔も人を不安にさせる。
あのとき父は、きっと不安だったんだと思う。母からもらったプレゼントを嬉しそうに開けるぼくらの姿に、怖くなったんじゃないかと思う。
本当にムカついただけかもしれないけれど、きっとあのときの父の怒りは、本当の気持ちじゃない。もしぼくが同じ立場だったなら、頭でそれはおかしいとはわかっていても、裏腹に同じことをしていたかもしれない。すぐに背中を向けたのも、そこにある悲しみやさみしさをぼくらに見せたくなかったんだと思う。
もしそれが違ったとしても、ぼくはそう信じたい。
父は、怒った顔や明るい顔は見せても、悲しみやさみしさや涙は、ほとんど見せない人だから。
「あいつに会うなとは、言わない。でも、おれの見えないところでやってくれ」
父はあとでそう言った。
母も、自分が出て行くとき、最後まで泣きながらぼくに笑顔を見せてくれていた。ムリやりだったから、涙と笑顔が混ざっていた。ぼくが電話に出ていたころも同じだった。
嬉しいときにも涙を流し、笑顔の裏にも涙がある。
悲しくて泣くんだと思っていた。ぼくの声が聞けて、嬉しくて泣いてるなんて思わなかった。
だからぼくを不安にさせた。ぼくはそれまで、嬉しくて涙があふれてきたことなんてなかったから。
人は、悲しいときに涙を流して、励まそうとするときに笑顔を見せる。
ぼくは泣いてしまうと、きっと母に心配させてしまうと思った。だからぼくは涙を我慢した。
「だいじょうぶだから」
それすら言えなかったぼくには、それがぼくにできることだと決めつけていた。母には涙は見せたくなかった。
でも、涙を我慢するのは、もっと人を不安にさせてしまうことがあるなんて、そのときのぼくは知らずにいた。
- 2008年10月31日 08:43
- ──── 『裏切り』
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