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親友という存在の距離
2007年3月23日 01:54
とはいえ、“友達”ってやつのとらえ方だって、人によっていろいろなんだろうなとも思ってる。 なんでも気兼ねなく話せて、なんら気を遣わなくてもいい相手。 いつもそばにいてくれる人。 笑い合える仲間。 つらいことも笑い飛ばせてしまえそうな関係。 最近思ったのさ。 ひと口に“親友”って言ったって、そんなもんは自分のなかのとらえ方1つがすべてじゃんて。 でも、みんながみんなそうじゃない。 それもまた自分のなかのある基準のもとに、そういう抽斗にしまってんのかなと。 そうじゃなきゃ、そう呼べる人と、そうじゃない人との違いがない。 じゃあ、そのときの気分次第で友達の区別もなくなるのかって言ったら、そうでもない。 もともと友達に区別なんてしてないって言ってしまえば、それはそれでカッコいいだろうと思う。 でもやっぱり、人間だからな。したくないことでも、やっぱし差別化はし...
いつもどおりが、はて?
2006年8月 7日 04:45
どうして人は、怒りの感情が胸のうちに押し寄せてくると、動きそのものが激しくなるのか?? さあねぇ~……そんなの知らんよ。 怒りの感情自体が、それだけ激しいものってことなんじゃないの? だがね… “愛情”っていうのも、それと同じ…いや、もっと激しいのか…感情の揺れなのに、とても静かで優雅で、まろやかな動きになってゆく。 笑顔が増える。 でも“涙”ってのは、どちらにも共通して増えるものかな… 嬉しいときには涙が出るし、本気で怒ったときには泣く人も多い。 “涙”ってのは、そうとう感情がたかぶらないと出てこないものだと思う。 だから、俳優さんとか女優さんっていうのは、それだけ自分の感情を自分で意図的にコントロールできるってことなのだろうか… 役になりきってるから、その役としての感情が涙を流すということにまでたかぶってるのだろうか… それとも、ただの小道具として...
まずいコーヒーでも飲めた日々
2006年4月13日 02:22
今日のコーヒーはやけに苦くて いつもより多く砂糖を溶かしこんで グルグルグルグルかき混ぜた だけどちっとも甘くなんか感じない 思えば今日は二日酔い はしゃぎ合ったぬくもりも 昨日は昨日で 昨日だけ ヒリつくような頭のなかは まどろみなのか 夢なのか それから僕は何もしない なにも見ない なにも感じようともしていない 匙に滴る雫でさえ この瞳のなかじゃ渇きだけしか映らない 僕はいつからこんなに強くなったのか なにもかもが眠れば消える 僕はいつからこんなに強くなったのか 夢も心も切り捨てて 僕はいつからこんなに弱くなったのか ただじっと全部を背負って我慢して なにもかもを忘れてしまう いつからか自分の靴を履き替えた 真新しいちょっと高価な黒い靴 ある日靴を並べてみた どんどんキレイになっていった まるで汚れることを知らないように 一体どこを歩いていたのか?...